Lot 416

歌川 国芳 (1798-1861, 

Japan

)

荷宝蔵壁のむだ書 5枚揃

JPY 1,000,000 - 1,500,000

HKD 71,000 - 110,000

USD 9,300 - 14,000

BI

技法

木版画

サイズ

36.2×25.5 cm etc.

解説文

歌舞伎は江戸時代を通じて幕府の様々な取り締まりにあっており、その中で最大のものが、華美を戒める幕府の禁令、いわゆる天保の改革(1841年-1843年)であった。役者の江戸所払い、役者の似顔絵禁止等の中で、歌川国芳をはじめとする絵師たちは、様々な工夫により、歌舞伎や役者の絵を書き続けていた。
「荷宝蔵壁のむだ書」(にたからぐらかべのむだがき)は、「荷宝蔵」と呼ばれる土蔵の外壁に、誰かが釘でひっかいたようなタッチで描いた歌舞伎役者の落書きをモチーフとした5枚組の異色作である。「荷宝蔵」は「似たから」をひっかけて、幕府が禁止している役者の似顔絵を描いていることをにおわせている。「腰壁」(こしかべ)と呼ばれる壁の下半分の板張り部分が黄色い「黄腰壁」バージョンが3枚、黒い「黒腰壁」バージョンが2枚確認されているが、当作品は「黄腰壁」版の中央にあるもので、手ぬぐいをかぶって踊る猫の姿が描かれている。
絵の中央では猫が腰をくねらせている。この猫は江戸時代後期に流行した「猫じゃ猫じゃ」という小唄を歌っているという説もあるが、手ぬぐいをかぶっている点、およびしっぽが二股に分かれている点を考えると、化け猫が登場する歌舞伎の一場面を模したものだという説が有力である。猫を取り囲むように描かれた似顔絵が全て歌舞伎役者(松本幸四郎や市村羽左衛門、中村歌右衛門など)であることからも、やはりこれは歌舞伎狂言に登場する化け猫を描いたものだと推察される。
天保の改革は、この作品が作られた1848年ごろには事実上解禁状態にあったため、作風にこのような「うまヘタ」要素をわざわざ持ち込むことは、禁令を逃れるための方便だったというよりは、国芳自らが面白いだろうと言う遊び心を持って描いたものであろう。
江戸時代後期を代表する浮世絵師、歌川国芳(1797-1861)。幕府の財政が逼迫し世情が不安定だった当時、その閉塞した社会状況を打破するようなパワフルな武者絵やユーモラスな戯画を描いて大衆の喝采を浴び「奇想の絵師」などと呼ばれた。浮世絵といえば、歌麿、写楽、北斎、広重のような江戸情緒あふれる作品が挙げられることが多いが、国芳は私たちが抱いている浮世絵の常識を覆すような破天荒な作品の数々を生み出していた。幼少の頃より画才に優れた国芳は、15歳で歌川豊国の門下となる。二十代の内は目立った活動はなかったが、30歳を過ぎ、水滸伝の英雄に取材した一連の作品で脚光を浴びた。当時の浮世絵師の番付には、名所絵の広重に対し、武者絵の国芳として名前が掲げられている。
また、筋骨隆々の武者絵を描く一方で、自身の大好きな猫をはじめ、魚や狸などを擬人化したコミカルで愛らしい戯画も多く描いた。反骨と風刺の精神に富んだ作品群は、当時の人々の圧倒的支持を得、多くの門人が集まり、浮世絵師の最大派閥を形成。その系譜は昭和の日本画家まで連なっている。かつて国芳は浮世絵の専門家からも十分な評価を受けていなかったが、近年、近代感覚あふれる斬新な造形性が再評価され、広い世代の人気を集めている。その人気は海外にまで広まり、2009年にはロンドンのロイヤル・アカデミー・オブ・アーツで、2010年にはニューヨークのジャパン・ソサエティー・ギャラリーで大規模な展覧会が開催され、大きな反響を呼んだ。


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